2021-11-01から1ヶ月間の記事一覧

天然ジュレ

ジュレという言い方であれ、ゼリーという言い方であれ、今ではああいった食感のものは珍しくないし、果物をかたどった容器に目も舌も喜ばせるみごとなスイーツが入っているものを見てもさして驚かない。昭和の中頃、一般家庭では〈ハウスゼリーミックス〉や…

昔の鍵は小さい。小さくて軽くて薄い。今時の、大きく厚くツルツルと滑らかで合鍵不可のハイスペック鍵と比べると、何だかロッカーの鍵のようにも思える。祖母の家の鍵である。鍵穴に挿せはしたがなかなか回らず、たまに通る人に怪しまれない程度のもたつき…

Y駅、そして9号線

Y駅を出ると、目の前はロータリー広場である。ロータリーと言っても、直径1mほどの円型フラワーポットが設置されているに過ぎない。しかし、これがあるだけで広場に入って来る車もバスもタクシーも、全て時計回りに流れることになる。バスはぐるりと回って…

家財

家を明け渡すに当たり、家財を始末しなければならない。空き家となって20年近くが経つ家である。折々、少しずつ持ち出してはいたが、とても追いつくものではない。そもそも、「これは使えそうだ」と思って持ち帰るのは、ため込まれた粗品のタオルやビニール…

誰に読ませるわけでなく

祖母の家が売れた。 正確に言うと、売れることになった。引き渡しにはひと月ほどある。 山間の谷を縫うように流れる川の、更にその川沿いに点々と結ばれる集落の中の一つである。昔は小さな宿で、市も立ったと聞く。私の記憶では、三十軒ほどが並ぶその道筋…